「風の盆 in 向島 2006」開催!

 「風の盆in 向島」が10月14日(土)の午後5時から午後8時かけて、富山市八尾町出身者からなる「越中おわら節同好会」のメンバー50人を招いて墨田区向島見番通り、桜橋通り(向島2丁目から5丁目付近)で開催されます。現在、同実行委員会ではその様子を椅子に座ってゆっくり観覧できる特典などのついた賛助会員の募集を行っています。募集しているのは、1口3,000円の指定席と1口2,000円の自由席の二種。一人で何口でも応募でき、ともに当日のプログラムと記念品付きとなっています。
賛助会員の申込みやその他の問合せは、平日は墨田区文化観光協会・第九事務局(墨田区役所1階)03‐5608‐1612、土曜、休日は墨田区文化観光協会・すみだ観光案内所(墨田区吾妻橋1-16-103-5608-6951)へ。

「風の盆in 向島」の実施概要は次のようになっています。

【開催日時】  平成18年10月14日(土)午後5時〜午後8時
    雨天の場合は翌15日(日)に順延。15日も雨天の場合は
    すみだリバーサイドホール(吾妻橋1-23-20)で時間を午後3時〜午後6時に変更して実施。

【会場】  東京向島見番通り、桜橋通り(向島2丁目から5丁目付近)




地図使用承認 (C)昭文社 第47J001号

【主催】  風の盆in 向島2006実行委員会(会長 阿部 慶一)

風の盆の歴史

時代とともに変化 ―― ●
富山市八尾町の「おわら風の盆」は、その嚆矢は江戸の元禄末期(西暦1702年)まで遡りますが、現在のような情感たっぷりで、しかも洗練された舞踏になるまでは幾多の変遷を経ています。主なところでは明治44年に北日本新聞の前身、北海タイムスの千号記念の富山でのイベントに芸人の街であった八尾町から芸者が出て即興で踊ったという記録があり、大正2年には現在のJR北陸線が直江津まで開通したのを記念して富山で9月1日から50日間に亘って行われたイベントで従来の振りに修正を加えた「おわら」が踊られました。この時、披露されたのが今も踊り継がれている「豊年踊り」です。大正9年には「おわら節研究会」の設立を機に当時の横溢した自由な息吹を取り込んで、さらに練り上げら、昭和4年には「越中民謡おわら保存会」が発足し、東京から当代一流の文化人を招聘、歌と踊りに改良を重ねました。同年は、東京三越で開かれた富山県物産展のアトラクションに出演、その折、都会でも通用するものをと、東京・柳橋の舞踊家、初代若柳吉三郎に振り付けを依頼しました。芸者によって披露されたこの若柳流の振り付けは、実にきれいな踊りとたいへんな評判を取り、これが大きな転機となって一挙に全国に知られるようになりました。この時の「おわら」が今日の「男踊り」、「女踊り」に継承されています。

踊りは三パターン ―― ●
おわらの踊りは、このように時代と共に変化してきて、現在は、老若男女を問わずに踊れる「豊年踊り」、直線的な強さがある「男踊り」、優美で上品な「女踊り」の三パターンがあり、「男踊り」、「女踊り」はともに編笠で顔を隠した姿が艶容で美しいと言われ、鳴り物の一つである「胡弓」とともに祭のシンボルとなってポスターなどを飾っています。

向島とは古いつながり ―― ●
若柳流の二代目、三代目は、その後、向島花街に移り住み、その住居は現在も残っています。向島と「おわら」の結びつきは極めて古くて強いと言えます。ある意味では、本卦還りとも言われた第1回の「風の盆in 向島 2006」は平成16年10月に、今回同様、向島見番通り、桜橋通りで開催されましたが、全国に知られる「風の盆」だけに観客は9,000人に上り、「越中おわら節同好会」のメンバーの円熟した踊りに酔いしれました。

向島の芸者衆も参加 ―― ●
今回は「越中おわら節同好会」以外のグループも多数参加する予定で、向島のおどり同好会や民謡連盟などのメンバーは練習に余念がありません。また、向島の芸妓衆も踊りに花を添えることになっており、「越中おわら節同好会」を中心にした踊りの列は、前回同様、多くの観客を惹きつけるものとみられ、主催者側では前回並みの人出を予想しています。